実は人間味溢れる藤井将棋

第71期王座戦第3局は、藤井七冠の大逆転勝ちで対戦成績を2勝1敗とし、前人未到の八冠制覇に王手をかけました。

最近、プロ棋士から「藤井七冠に勝つために人間をやめる」のような声を聞く機会がありますが、王座戦第3局を観て藤井七冠の将棋こそ人間味が溢れると感じています。

今回はその点について掘り下げます。


将棋は、1手ずつ交互に指すゲームで、その手の価値の差が形勢に現れます。そこから、優劣によって求められる指し方が異なることを導き出せます。

優勢な時は、自身が最善手を指し続ければ、たとえ相手が最善手を指し続けたとしてもリードを保つことができ最終的に勝ちにつながります。よって、盤上の理論上=数学的に正しい手を指すことを求められます。

しかし、劣勢な時は、自身が最善手を指し続けたとしても、相手に最善手を指し続けられたら差は詰まらず、最終的に負けになってしまいます。逆転するためには、相手に悪手を指してもらう必要があり、盤上の理論以上に勝負上正しい選択を求められます。

(最近は優勢になりリードを広げることが大半なのでほとんど見られませんが…)後者の時、藤井七冠は極めて人間らしくなり、個性が溢れ出します。

王座戦第3局の中盤戦、その前の折衝でやり損なった藤井七冠には2つの選択肢がありました。

1. 穏やかに指す手。形勢の悪化を最小限に食い止められる。相手には形勢のリードを保つ複数の選択肢がある。
2. 激しく切り合う手。形勢は現局面よりも悪化する。相手は形勢を保つための選択肢が限られている。

AIであれば、評価値の悪化を最小限に食い止める「1」を必ず選びます。しかし、藤井七冠はあえて「2」を選択し、結果的に最終盤の大逆転につなげました。

その判断には、

-王座戦第1局の永瀬王座の勝ち方を体感した経験(=最短で勝ちに行こうとせず、最善手を多少外しても負けないよう局面の流れを緩やかにする指し方に徹した)
-残り時間とそれぞれの展開を乗り切るために必要な時間の計算
-自身の長所の把握(切り合いこそ詰将棋の解図力が活きる)

などの要素が絡んでいるものと思われ、論理ではなく感情、AI的ではなく人間的な意思決定に感じます。

普段はほとんど見せない藤井七冠の裏の顔(真の顔?)が出たのは永瀬王座の強さがあってこそ! 王座戦第4局も本当に楽しみです。