将棋への思い

今月から、オンライン勉強会の開講時間が変更になり、朝6時からスタートします。自称、日本一朝早い将棋教室!(笑) 時間を変更した理由の1つは、緊急事態宣言が解除されて社会が動き出したから、ですが、もう1つは、思い入れを持って物事に打ち込んでほしいから、です。

特に早朝からスタートする3部の子は、子供大会の県代表、日本一や、プロ棋士を目指している子が一定数いるのでなおさらです。

実は昨年の6月末まで、隔週土曜日に千葉県印西市の自宅で朝7時から教室を行っていました。今回は、そのアイディアの元である、私の大好きな話を紹介したいと思います。

―十数年前、米長さんが自宅の一室を道場にして、若手棋士や奨励会員たちが将棋を勉強する場を提供されましたね。丸山さんも参加していたんですか。

丸山 はい、四段のころから。

米長 米長道場を始めたころ、森下卓五段が塾長で、郷田真隆が三段、行方尚史が1級だった。高校時代に四段になった佐藤康光は、詰め襟姿で来ていた。米長道場に入るには、その前に僕と試験将棋を指すんだけど、みんな僕より強いんだ。これにはまいったねぇ(笑)。そのうちに弟子の中川(大輔七段)と丸山が入った。そしてある日、2人が朝7時に道場に来て2時間ほど指して帰ったので、なんでだと不思議に思っていたら、なんとその日は2人とも対局で、肩慣らしに1局指したとのこと。しかも2人とも勝って帰り、夜にまた研究しているんだ。あのころは1日に平均7時間は勉強していたというが、本当かい。

丸山 1日に7局以上は指していましたね。

米長 するとそれ以上か。

丸山 あのころは、対局日以外でも朝7時に中川さんや森下さんと待ち合わせて指していました。

米長 なんで朝に指したの。

丸山 みんなけっこう忙しかったんで。

米長 ははっ、それでか。あるとき藤井(猛竜王)から相談されたことがあった。なんでも丸山や中川と付き合っていると、体が壊れるというんだ。でも一緒に研究しないと、置いてきぼりになるでしょうかと(笑)。僕が無理するなと言ったら、やがて藤井はやめていった。そして、その話を聞いた藤井の弟弟子の三浦(弘行八段)が「7時間ですか。10時間なら追いつけるでしょうか」と言っていたが、三浦は今でも続けているようだね。この間の木村一基(五段)の結婚式のときも、三浦は祝辞なんかろくに聞かないで、詰将棋の本を持ち込んで解いていた。結婚式でそんなのいるか(笑)。

丸山 佐藤康光さんが、8時間では勉強していることにならない、と書いていたのを以前になにかの本で読みました。

米長 みんな、すごいね。森下なんかは、「将棋の勉強をして疲れるという人は、プロをやめるべきです」とはっきり言うからね。

将棋世界2002年1月号、新年号特別企画・兄弟弟子対談 丸山忠久名人-米長邦雄永世棋聖「マルちゃんがヨネ先輩と大いに語る」

全ての子が県代表や日本一、プロ棋士を目指すわけではありませんし、現代は当時と違ってツールや情報が格段に整備され効率的に勉強できる環境があるので、長時間の勉強をおススメしているわけではありません。ただし、もし何が何でも成し遂げたい目標があるのであれば、このくらいの思いを持って将棋に取り組みましょう。(もちろん、思いの表し方は様々です。朝早く起きて勉強するのは、その1つの表し方だと思います。) そうすれば、自然に求める結果を手にできるはずです。

話は変わって、現在進行中の第3回AbemaTVトーナメントにおいて、若手有利とされるフィッシャールールで木村王位、森内九段、佐藤康九段などのベテラン勢が若手に全く引けを取らない将棋を指しています。羽生世代の息の長さや底力は、このような圧倒的な練習量と将棋への思いに裏付けられているのかもしれませんね。